「ベトナム人の命と人権を守る」活動を始めたきっかけとは
ベトナム人の命と人権を守る。これは、「日越ともいき支援会」が支援活動の目的として掲げているものです。吉水さんがこの思いを強く持つようになった理由は、幼少期まで遡ります。
吉水慈豊さん
吉水さんは埼玉県にある浄土宗寺院の出身で、住職であるお父様がベトナム人への支援を行っていました。お寺の離れにはベトナム人僧侶が暮らしていて、幼い頃からベトナム人とともに暮らしてきたのだそうです。
2013年頃から、吉水さんはお父様の支援活動のサポートを始めます。東京都港区の寺院を拠点にしていたこともあり、亡くなった技能実習生や留学生たちをベトナムに帰国させたり、お葬式をしたりといった支援を行っていました。そのような中、吉水さんが支援について深く考えるきっかけとなる出来事が起こります。
「その当時、支援を行っていた実習生の数人が自殺してしまったのです。『どうしてこんなことが起こってしまうのだろう』と、技能実習の制度などを調べました。そのとき『ベトナム人の命と人権を守るにはどうすればいいのか』と考えたことが、現在の支援活動の根っこの部分になっています」
その後、コロナ禍で保護しなければならないベトナム人が爆発的に増えたことを受けて、2020年1月にNPO法人として認証を受けました。
コロナ禍での物資支援や保護にくわえ、勉強会や就労支援も実施
コロナ禍では、職を失い困窮したベトナム人の若者が急増。約1万人に物資の支援を行い、数千人は港区の寺院などで一時的に保護をしました。
当時はベトナムが海外からの入国制限を実施したこともあり、ベトナムに帰れない若者が多くいました。妊婦や高齢者は帰国が優先されましたが、それ以外のベトナム人は帰国することができず、最大何万人というベトナム人が帰国待ちという状況に陥ったのです。
吉水さんは、彼らを保護すると同時に、出入国在留管理庁(入管庁)や法務省と掛け合い、在留資格の交付をお願いしました。その甲斐もあってか、国は技能実習生に対する雇用維持支援を発表。これは特定技能を目指す外国人に対し、最大で1年間の在留を認めるというものです。
ただし、日本で生活し続けるためには、在留期間中に特定技能試験に合格すれば良いという単純な話ではありません。「若者たちをただ保護するだけではダメで、日本語や特定技能試験の勉強もして、新しい職場に繋げていかなくてはならない。当時はかなり切羽詰まった状況で、物資支援や保護に加えて、勉強会などの支援を行っていました」
受け取った支援物資(左)/勉強会の様子(右)
その際、役に立ったのがコロナ禍での助成金です。以前は寄付金で支援を行っていましたが、コロナウイルスの流行が長引くにつれ、それだけでは難しい状況になったそうです。
「衣食住の確保だけでも、かなりのお金がかかります。食費は毎日数万円かかっていましたし、着の身着のまま逃げていた人たちへは衣服の支援もしていたので、助成金の存在は本当に助かりました。また、勉強会には日本語の先生や、ベトナム語で教えられる留学生にも有償で来てもらっていました。ボランティアではなく有償でできたのは、助成金があったからにほかなりません」
ほかにも、妊産婦や病気になった人への医療支援にも力を入れています。技能実習生や留学生たちは日常会話レベルの日本語はできるものの、医療や法律に関する話を日本語でやりとりするのは難しく、日本人の支援が必要不可欠だと吉水さんは考えています。
SNSの活用など、ベトナム人の若者目線で考えた支援を
コロナ禍は数千人の保護を行ってきた「日越ともいき支援会」。それだけの規模で支援を行うとなると、お金はもちろん、人手も必要です。しかし、「日越ともいき支援会」のスタッフは日本人6人、ベトナム人12人の計18人のみ。スタッフだけでは到底この規模の支援は行えません。にもかかわらず、大規模な支援ができたのはなぜか——そのヒントは、各分野のスペシャリストとの連携にありました。
「たとえば、就労関係は連合東京、医療関係は病院の先生、行政関係は区役所の方といったように、専門分野の方々と連携して支援を行ってきました。こうした方々は、父の時代から繋がっている人もいましたし、テレビなどのメディアに取り上げられたことをきっかけに連絡をくれる方もいましたね」
吉水さんたちが自ら発信することはほとんどなかったそうですが、それでもたくさんのメディアが「日越ともいき支援会」を取り上げました。当時、東京を拠点とする支援団体のなかで「日越ともいき支援会」がかなり大規模だったことにくわえ、取材依頼を一切断らなかったことがメディア露出の機会を増やしたのでは、と吉水さんは考えています。
「業界の襟を正すにはメディアの力も重要です。技能実習制度の問題を多くの人に知ってもらうため、現在も技能実習生へのインタビューなどは積極的に受けています」
日越ともいき支援会による支援の様子
吉水さんたちが自ら発信することはほとんどなかったそうですが、それでもたくさんのメディアが「日越ともいき支援会」を取り上げました。当時、東京を拠点とする支援団体のなかで「日越ともいき支援会」がかなり大規模だったことにくわえ、取材依頼を一切断らなかったことがメディア露出の機会を増やしたのでは、と吉水さんは考えています。
「業界の襟を正すにはメディアの力も重要です。技能実習制度の問題を多くの人に知ってもらうため、現在も技能実習生へのインタビューなどは積極的に受けています」
支援する側の人手を充実させる一方で、もう一つ重要なのが、困窮しているベトナム人に支援の情報を届けること。「日越ともいき支援会」は約1万人へ物資支援、数千人の保護を行いましたが、これだけ大規模な支援ができた背景には、日頃からSNSでベトナム人と繋がる地道な活動がありました。
「コロナ前からFacebookのMessengerを通して、ベトナム人の若者と積極的に繋がっていたのです。『ベトナム人を助ける日本人がいる』ということを、ベトナム人コミュニティの中で周知することが大事だと考えていました」
その活動の成果は、コロナ禍に顕著に現れます。吉水さんのもとへ、ベトナム人からSOSの連絡がひっきりなしに届くようになったのです。こうしたSOSに対し、東京近辺に住んでいる人に対しては寺院に来てもらい、遠方で東京に来るお金がない人に対しては、東京までの交通費を振り込み、来てもらったのだそう。多いときには1日何百件と来ていたSOSを、吉水さんは一つも断りませんでした。
寺院でベトナム人たちと食事をする吉水さん(右から4人目)
コロナが落ち着いた現在は、Facebookでベトナム人と繋がるのはもちろんのこと、TikTokを活用した啓発事業も実施。TikTokでは、日本の法律についてや、就労のための窓口紹介など、日本で生活するにあたって必要な事柄を伝えています。
「ベトナム人が使っているSNSはFacebookとTikTokが多いので、私たちもこの2つを活用しています。相談窓口などで『何かあったら電話して』と言われることも多いのですが、彼らはSIMカードを持っていない人がほとんど。自分のスマートフォンから電話ができないので、電話は手段としてはあまり意味がありません。支援を私たちの自己満足で終わらせないためにも、彼らの目線で考えることが重要です」
技能実習生の人権を守るために。重要なのは、しっかりとした支援体制の構築
コロナ禍ではさまざまな支援活動を行ってきましたが、なかでも印象に残っているのは、2022年11月に愛媛県西予市の縫製工場に対して、技能実習生11人への不払い金2,700万円の支払いを求めたこと。この問題が明るみに出ると、生産委託元のワコールホールディングスは技能実習生の生活を支援するとして、「日越ともいき支援会」に500万円の寄付をしました。ほかにも、問題を知ったいくつもの会社が声を上げたり、ニュースを見た一般の人から暖かい声をかけてもらったりしたといいます。
「厚生労働省の方に『歴史を変えてくれてありがとう』、周りの方からは『頑張ったね』などと声をかけてもらったことが本当に嬉しかったです。私としては特別頑張ったわけではなくて、いつも通りの支援をしていたのですが、その結果たくさんの人に知ってもらうことができました」
縫製工場で働くベトナム人の皆さんと
愛媛県西予市の縫製工場の問題は、不払い金の額も大きかったため、多くのメディアに取り上げられ話題になりました。しかし、これは氷山の一角に過ぎず、日本各地ではこうした不払い金問題をはじめとして、企業から不当に解雇されるなどトラブルが相次いでいます。
こうした状況を受けて、政府の有識者会議は2023年4月、現在の技能実習制度を廃止し、新しい制度へと移行する案を示しました。この新制度について、吉水さんは根本的な問題解決にはなっていないと話します。
「たとえば、現在は原則不可とされている転職について緩和の方針が示されていますが、転職できないから失踪などの問題が起こるわけではありません。何かあった際に技能実習生から相談を受けたり、支援したりする体制が機能していないことが問題なんです」
本来であれば、企業と技能実習生の間にトラブルが起こった場合、実習生の受け入れ先に指導を行う「監理団体」と呼ばれる組織や、監理団体から報告を受けるなどする「外国人技能実習機構」が問題解決や支援を行います。しかし、こうした仕組みが十分機能していないために、労働環境や人権侵害に関するトラブルが後を経たないと吉水さんは考えています。
「まずは監理団体、そのあとに外国人技能実習機構、と相談ステップを踏むわけですが、ここで問題解決に繋がらないと、実習生たちも諦めるしかなく失踪してしまうんです。その問題を解決しないまま転職の制限を緩和しても、『1年我慢して働いたら、より時給の高い東京に行こう』といった実習生が増えるだけ。まずはしっかりとした支援体制を構築することが必要だと思います」
帰国の途に就くベトナム人たち
技能実習生を取り巻く環境は少しずつ変化の兆しを見せていますが、現在も「日越ともいき支援会」には日々相談やSOSの連絡が届きます。吉水さんはこうした現場の声を東京出入国在留管理局や厚生労働省に届け、ベトナム人の保護や支援だけでなく、国側にも支援の充実を図るよう働きかけています。
日本人とベトナム人がともに生きる社会を目指して、「日越ともいき支援会」はこれからもベトナム人の命と人権を守る活動を続けていきます。
事業基礎情報【1】
実行団体 | 特定非営利活動法人 ⽇越ともいき⽀援会 |
事業名 | 在留外国人コロナ緊急支援事業 |
活動対象地域 | 全国 |
資金分配団体 | 特定非営利活動法人 ジャパン・プラットフォーム |
採択助成事業 | 2020年度新型コロナウイルス対応支援助成<随時募集3次> |
事業基礎情報【2】
実行団体 | 特定非営利活動法人 ⽇越ともいき⽀援会 |
事業名 | 在留外国人コロナ緊急支援事業 |
活動対象地域 | 全国 |
資金分配団体 | 公益財団法人 日本国際交流センター |
採択助成事業 | 2021年度新型コロナウイルス対応支援助成<随時募集7次> |