町唯一のスーパーが閉店。コロナ禍で奪われた交流の場
町唯一のスーパーの再建に向けて設立された愛のまち合同会社のメンバーは、10年前に愛東地区で誕生した「あいとうふくしモール」の運営者でもあります。さまざまな機能を有する事業所が、ショッピングモールのように軒を並べ、地域の広範なケアのニーズに対応していくーーそんな思いから名付けられた施設でした。
あいとうふくしモール全景
「あいとうふくしモールには、私が経営する地元の野菜にこだわったレストランを始め、高齢者の介護支援をする事業所、障がい者の就労を支援する共同作業所が入っています。地域には公的な制度だけでは解決しえない暮らしの困りごとが少なくありません。制度の隙間を埋め、誰もが安心できる地域の拠りどころを作りたい。そのために各事業所が自らの特技や専門性を発揮し、助け合いながら安心のまちづくりに励んできました」
お話を伺った、野村さん(愛のまち合同会社 業務執行役員)
あいとうモールには、日々、地域の困りごとの声が集まります。
「愛東地区唯一のスーパーが閉店するらしい」。そんな噂が野村さんの耳に入ったのは、2019年の春でした。
「スーパーの経営するご夫婦がご高齢だったのと、設備の老朽化や消費税率の変更への対応から続けていくのが難しいと。閉店すれば近所での生活必需品の調達が難しくなるだけでなく、そこで生まれていた地域内の交流がなくなることへの不安の声が大きかったのです。地域の高齢化率も33%と深刻で、車を運転できない人にとっては隣町のスーパーはおろか、地域内のスーパーに通うのもひと苦労です。その上、コロナ禍で地域内の交流は激減。これを機に改めて町の将来を考え、総合的に地域の課題に向き合う必要性を強く感じました」
愛東地区の人口は485人、世帯数は1,650世帯(2023年5月1日時点) 。野村さんいわく、「2005年の市町村合併後、人口は約2割も減少した」そうです。
閉店した店舗内
危機感を覚えたあいとうふくしモール内の3事業所代表が発起人となり周囲に協力を呼びかけたところ、愛東地区まちづくり協議会や自治会の関係者、商工業者らが集合。スーパーが閉店する1ヶ月前から議論を始め、地域の課題を整理し始めました。
「早急に取り組むべきは、やはり暮らしを支えるスーパーを再建し、住民の安否確認も含めたコミュニケーションの場を取り戻すこと。ただ、単に買い物をする場所ではなく、地域内の雇用や交流を促進し、防災の拠点にもなるスーパーにしようと決まりました。」
老朽化した部分のリフォーム、トイレや交流スペースの新設……。スーパーの再建にはまとまった資金が必要だったため、まずは地域内で寄付を募ることに。目標額の300万円に対して、集まった寄付は830万円にもなりました。
寄付金募集のチラシ
地域住民からの大きな期待に必ずや応えたい。寄付以外の資金調達の道を模索する中、地元の公益財団法人 東近江市三方よし基金が休眠預金活用事業の2020年度新型コロナウイルス対応緊急支援助成の公募が始めたと知り、申請したのでした。
スーパー再建後、少しずつ戻ってきた愛東地域の「日常」
休眠預金活用事業として採択されたのち、野村さんらは着々と準備を進め、当初の予定通り、2021年8月に新しいスーパー「i・mart(アイマート)」をオープンします。
中には買い物ができるスペースのほか、テーブルやカウンター席のある交流スペース、トイレを新設。交流スペースではコーヒーやお茶が飲めるほか、定期的に講座や作品展などのイベントが催され、参加者が帰りに買い物をしていく様子も見られます。
加えて、移動販売用の車や宅配用の電動バイクも購入し、地域に22ある自治会すべてに週1回は必ず訪問。特に山間部の地域は、移動販売に行くたびに利用者が増えてきていると言います。
「スーパーには、なるべく地域内で作られたものを置くように意識しています。少しでも地域内でものやお金、人が循環する仕組みが作れたらいいなと。あいとうふくしモールでは、社会参加が難しい若者の就労を支援するため、若者たちと一緒に農産物を育てたり、梅干しや味噌などを手作りしてたり、それらを使って『あいとうむすび』というおむすびを作っています。地元の先人から知恵や技術を継承する機会にもなってますし、アイマートに出荷し商品を陳列する中でお客さんとも触れ合い、自分たちの作ったものが売れる喜びも実感しているようです」
住民の作品が飾られています(上左)
移動販売の様子(上右)
店頭で陳列されるあいとうむすび(下)
嬉しい変化はそれだけではありません。スーパーのオープン日に野村さんはある光景を目にします。家族に連れてきてもらった高齢のおばあさん二人が偶然にも再会した様子で、「久しぶりに会えたね」と嬉しそうに会話をしていたのです。
「愛東地区ではしばらく見られなかった光景を目の当たりにして、胸がじんわりと熱くなりました。ここまで頑張ってきて本当によかったなと。また、小学生や中学生が放課後に来て交流会スペースで話したり、ゲームしたり、再建前に比べて家族づれも増えました。前の経営者が『客層が変わったね』と言うくらい、幅広い世代が利用しています」
コロナ禍で失われていた愛東地区の日常が、少しずつ戻ってきている。再建前から思い描いていた姿に近づきつつあるi・martを前に、野村さんは確かな手ごたえを感じています。
身近な応援者の心強さ。再建後の期待に応え続けるために
「まちづくりに関わる事業に携わって長いですが、今回のような事業を支援してくれる助成金はあまり多くありません。その点、今回の助成事業は支援対象の幅が広く、使用用途の制限も固くは決められていなかったのがありがたかったです。何にいくら使ったかということだけでなく成果を重視し、また、それを支援してくれる資金分配団体が身近にいるのも心強かったです」
新型コロナウイルス対応緊急支援助成について、野村さんはこう評価します。
「いくら地域のためとはいえ、民間会社がスーパーを作る事業に助成していただくのはなかなか難しいと思います。それが実現したのは、創業当初より東近江市の活性化を目指して活動しているコミュニティ財団である東近江三方よし基金さんが、私たちのコミュニティマートをこの地域に必要な事業だと評価してくださったからです。事業期間中はもちろん、期間が終了したあとも定期的にアドバイスをくださって。おかげさまでスムーズに事業に取り組むことができました」
スーパーの再建から約1年半。最近は、地域のさまざまな団体がi・martを盛り上げるために力を貸してくれています。秋には地域の支援団体が焼き芋を販売したり、年末には自治会のグループが年越しそばを振る舞い、正月には餅つき大会が開催されました。
餅つき大会
活気づいてきた反面、課題もまだまだあります。
「開店直後は多くのお客さんに来ていただきましたが、『商品の充実さに欠ける』『前のスーパーとは違う』『接客が悪い』などのご指摘を受け、一度は客足が遠のいたこともありました。コミュニティマートとはいえ、やはり商売は商売です。地域の人たちの支援や期待に甘えるのではなく、商売として成り立つための訓練は必要だなと感じています」
一ビジネスとしても成長するため、2022年10月からは年中無休だったのを第1日曜日のみ休業に変更。職員研修の機会に充てています。
「年商1億円を目指して1日30万円の目標を設定していますが、移動販売も含めて現在は25万円。あと5万円をどうアップするかが課題です。その一歩を築くために、1番の売れ筋である手作りの惣菜や弁当の売り上げ強化を掲げています。売上も含め、スーパーの目標地点にたどり着くために、誰が何を担当すべきかを見立てて実行に移しています」
意識は行動に表れ、行動は結果に結びつく。それを証明するかのごとく、職員研修を始めてからは、売上も伸びてきたと言います。
当然、求めるのは売上ばかりではありません。今後、i・martをどんなスーパーにしていきたいか? 野村さんは、最後にこんな言葉を残してくれました。
「正直、お客さんにとってはスーパーとして常に一番手である必要はないと思っているんです。普段は隣町の大型スーパーを利用する人にとっては、三番手、四番手の存在になってもいい。ただ、『ちょっと日用品が切れてたから』とか、小さなことでも困ったときにときに、地域の誰もがいつでも利用できる、そんな安心な場所でありたいなと思っています」
【事業基礎情報】
実行団体 | 愛のまち合同会社 |
事業名 | 店舗再生による持続可能な地域課題の解決 |
活動対象地域 | 滋賀県東近江市 |
資金分配団体 | 公益財団法人 東近江三方よし基金 |
採択助成事業 | 2020年度新型コロナウイルス対応支援助成 |